引っ越しなどで慌ただしい週末をこの数カ月おくっていましたが、
ここ2週間はほぼJr.と密な感じでした。
年末、年始に向けていろいろ計画を立てようかと思っていますが、
一緒に過ごした思い出は、まだ彼の記憶には残らないのだろうなと。
でも楽しかったという感情は身体が覚えているでしょうから、
できる限り一緒に過ごせる時間を大切に、妻に対しても、また
Jr.に対してもいい年末、年始を過ごせれたらよいなと思った2日間でした。
約3年の関西での生活を終え、東京に戻ってきました。
引っ越し後の慌ただしさから、ブログアップも滞って、約1カ月ぶりのアップです。
妻は無論(というか、この一連のムーブメントは大変疲れたことと思います)、Jr.も無事新天地での生活を
スタートさせることができました。母親の免疫が切れたということでしょうか、鼻風邪→下痢→下痢と体調不良の
はしごでしたが、食欲は旺盛で離乳食は1日3回。最近は寝る前、ミルクを200cc一気飲みしています。
ブラウンのマルチクイック(ハンディーミキサー)を購入したので、Jr.用朝のリンゴ+トマト+ニンジンジュース
は私の担当。これが朝、食材によりJr.と繋がることができる手段となっています(というのもだいたいが彼が
寝ていて朝の抱っこができないので)。はじめはばかすか入れていたリンゴですが、糖分が多いので、最近は
他の食材とバランスよく混合しています。
本日9-10カ月検診を近くの総合病院で受診
体重:8770g
身長:71.8cm
先生にも笑顔を振りまき、とてもおりこうだったようです。
家では立つと、「すごいね~」と両親で褒めるので、いつでもどこでも立とうとします。
診察中もじっとせずたっちの連発。
最近は、以前と比べ顔立ち、しぐさも成長してきています。
でも寝顔はまだまだ10カ月の子供ですね。
最近は、カエルと熊の腹巻を交互に着て寝ています。
このところ、毎日とはいかないまでも
お世話になった方と別れのご挨拶を
交わしています。ある人とは直接お会いしたり、
別の方とは、手紙を頂戴し、いただいた
言葉に恐縮したりです。
いま新幹線で
新大阪に戻る途中ですが、今日家を出て、
朝焼けを眺めながら駅へと自転車を走らせました。
早く起きて東京への出張をするのも今日が最後
なんだなぁ~と、夕焼けから更に暗くなった車外を
見ながらしみじみしています。多くの方に
助けていただいた2年半でした。
妻もママ友の方々や、その他お世話になった方
に同様の気持ちだと思います。
Jr.はどうでしょう?当然まだ友人や知人を認識する
フェーズではないのですが、カラスや近くの池の
鯉だったり、頬を駆け抜けた風などが知らず知らずですが
彼にお別れをしてくれているかも知れませんね。
2年半の関西勤務を終えて、東京に戻ることになりました。
この間、大きな転機となったのは、Jr.の誕生です。
彼にこの山あり、海あり、自然豊かな(そうそう
駅前でイノシシと遭遇したこともありました)神戸周辺の街並みを
実感させてあげられないのは残念です。
でもきっと、将来、Jr.が歩けるようになったら、また訪れる
ことでしょう。
ここ神戸のさわやかな空気を吸ってきみは産声をあげ、
生まれてきたんだよと教えてあげるつもりです。
星のや京都が2009.12に京都嵐山にオープンするそうです。
休業中の老舗旅館を改装してのスタート。
http://kyoto.hoshinoya.com/concept.html
ページ冒頭の星野氏のコメント
「もっと日本らしさを大切にしながら近代化するルートを
歩むことができたなら、私たちの生活や周りの風景は
どうなっていたであろうか」
このコメントにかなりグッときました。
この星のやは渡月橋のたもとに
上がり桟橋があるようでここから宿に手漕船でアプローチするようです。
宿にあがる前から既に非日常の演出が施されています。
氏のコメント以上に、感動を得たのが10/1の広島地裁の判決。
場所は広島県鞆の浦。
ポニョの舞台がこの鞆の浦だったことで、関心が全国区になった場所と言った方が
わかり易いかも知れません。
県が押し進めようという湾の一部埋め立て・架橋計画を地域住民が反対し、
差し止め請求を出していました。昨日の結果は、広島地裁が広島県知事に免許差し止めを命じました。地裁が景観を「国民の財産」と判断し、景観を理由に公共事業の差し止めが認められるのは初めのこと。
この判決は非常に大きい意味を持ちますので、これからの地域開発の1つの試金石になることでしょう。
私も関西にくるまで聞いたことがない地名でしたが、以前から興味を持っておりいろいろ調べました。
鞆の浦は、
仙酔島、大可島、玉津島などが防波堤となった天然の良港というだけでなく、潮待ち港でもあったのです。瀬戸内海で、紀伊水道と豊後水道の中間に位置し、東と西から満ちてきた潮はちょうど鞆の沖合いで出合います。東西から満ち潮に乗ってきた船は、鞆で潮待ちをして、引き潮に乗って東西に分れ航海していきます。これが、古代から近世まで変わることなく瀬戸内海航路の重要な位置を占め続けてきた理由です。
(「鞆の世界遺産実現と活力あるまちづくりをめざす住民の会」を支援する会HPより)
”潮待ち”とは!何とも幻想的です。
また港の代表的な施設の雁木(がんぎ=船着場)、常夜燈、波止、焚場(修理場)、船番所が5つフルセットで残っています。これ日本でも唯一なんです。他の歴史ある港も5つフルでは残っていません。
ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)は2005年と2008年、埋め立て・架橋計画の中止や歴史的港湾、町並み保存を求める総会決議を実施。つまり世界が残してくれと切望し、県が過疎化や町の利便性を盾に埋め立てをしようとしていたわけです。
反対派は山側にトンネルをつくり、渋滞緩和などを進めるべきと主張、県はなぜか、これだけ貴重な古港がありながら、山側の工事は認めず埋め立て、壊したら二度と戻らない瀬戸内の風景を台無しにしようとしていました。
山を崩し、海を埋め、景観を台無しにしてローラで整地し、コンクリで固め、
どこにいっても同じような街を生み出してきた戦後の日本の国土。もうこれ以上壊さないでというのが率直な気持ちでした。
原告団長 大井幹雄氏の地裁への
「日本の美しい国づくりのバロメーターとなるべく審判を仰ぐに到った」
と記載されている意見陳述書はすばらしい内容でした。
一度ご一読ください。
http://tomo-saiban.net/download/ooi01.pdf
Jr.が大きくなったら鞆の浦に家族と訪問したいです。
先日までハイハイしていたのに、もう1人で立つことができるようになりました。
もっぱら練習の場は、お気にのソファー前。刺激的な赤色が丁度口元にくる高さゆえ、一休み時、
ソファーはよだれでべっとりです。「大切なソファーだからね」というような声掛けはいっこうに気にせず、
今日も、せっせと立ち(よだれつけ)の練習です。
我々が住むA市は山あり海ありのロケーションですが、5分も歩くと池がある公園があります。
Jr.との定番散歩コースですが、多くの昆虫、動物がいる場でもあります。
昨日も散歩すると、亀に遭遇。
Jr.は当然これが何であるかわからないようです。
鯉に挨拶をして、次はカラスです。
Jr.の行為に少し驚きましたが、彼は空飛ぶカラスを目で追うことができるようです。
カラスの飛ぶ方向に顔を振っていました。
そして、大人より大きなセントバーナードにもあいました。
道行く大人が全員といっていいほど驚きの表情をし、振り向くのですが、
その大きさにもあまり関心がないようです。
そして最後に、六甲の山々を背景に気持ち良く夕方の空を飛ぶ
こうもり。
この地をいつか離れることになると思いますが、自然多きこの地は
きっと忘れがたい風景となると思います。
関西勤務ゆえ、品川への出張は@新幹線の人となります(今も車中)。
2時間半はお世辞にも短いとはいえませんが、N700系の公衆無線LANサービスで
ストレスなく仕事ができる環境はありがたいものです。
そんな中、JALが2011年までに順次国内・国際線を一部撤退するという
ニュースが目に入りました。おひざ元の神戸からも撤退です。
(我が家は神戸空港からのアクセスはよいのですが、1度も品川出張で
使用したことがありません)
そんな中、なぜかムーチョ・腹が立ったのがJAL撤退7空港の1つ、静岡の話しです。
JAL便は全部で8便、ANAとあわせても11便、このうち8便がなくなるというものです。
7割強です。他に国際線、FDA(※)があるとは言え、、、、。
JALの企業体質うんぬんの前に、そもそも不必要な空港とはじめからわかっていたのに、
強行に作った結果がJAL撤退。総事業費1900億円。
走りはじめたがストップをかける、仕事でも何でもそうだと思いますが
傷口が広がらないうちに途中であっても退く選択も重要。
政権が民主党にかわり、ダム中止が話題にあがっています。
国や自治体から長年説得され、渋々承認した首長、周辺地域の方々もいますし
生活、人生大きく変わってしまいます。
これから国がよい方向に舵をきる、後年あの2009は大きな
ターニングポイントだったと言える世の中を作らねばいけません。
※FDA(フジドリームエアラインズ)って知ってましたか?http://www.fujidreamairlines.com/
昨日伊豆に在住の友人Sさんより電話を頂戴した。
しばらく、話す機会がなかったので、久しぶりに近況を
聞かせていただいた。西表島に前日まで旅行していたこと、
私も西表島に何度も訪れたことがあること。
又Sさんも熊野に何度かいったことがあり、自分も忘れがたき
場所であることを伝えた。私が尊敬する日本のいや世界の偉人である
南方熊楠についても、「ハンサムな人だったね」とご存知の様子。
携帯での通話を終えた後、つくづくSさんもこちら側の
人だと思った次第である。
”こちら側”の人というのは、あまり多くを語らずとも
親しい間柄、長く声を聞かずとも、変わらぬ友情を
持ち続けることができる関係のこと。
以前、東北の大学で教鞭を取っているEさんとのメールでも
同じような話題になったことがある。
”毎日顔を合わせている職場の同僚でも方向が合わない人
とは何年時間を共有しても通じない、通じる人とは一瞬
顔を合わせただけでもわかりあえる”という感想をお持ちであった。
ではあちらとこちらの境界線は何でろうか?
人ぞれぞれ信条は違うが根本的なところで思いを
共有できる間柄とでもいおうか。
自分の場合は、こちら側の人である知人・友人が
何人かいるわけだが、いづれも大学、社会人のときに
親交をもった方々である。
Jr.はこれから多くの人と親交をもつことだろう。
多くの人と出会い、Jr.が彼の信ずるところの”こちら側”の人と親交を持ち、
その人々との交わりの中で人生を豊かに送ることができれば
どんなに素晴らしいことかと思う。
今日の日経新聞、1面にコラムニスト田勢康弘氏の署名記事。
主権者も問われていると題して、その一部。
「戦争の記憶が風化しつつあるいま、いかなることがあっても戦争をすることはないということを
戦後64年たったいま、各党で確認することは必要なのではないか。憲法の拡大解釈などで、
かってそんなことはできないだろうと思われていたこと、自衛隊の海外派遣などが現実になって
いるいまこそ、不戦の誓いをすべきときである。」
18日公示に際しても、面白みのない紙面がにぎわう主要新聞ではあるが、
この日経の記事は、選挙の1基軸として、戦争、不戦を取り上げたものとして特筆すべきものがあった。
akiraさん え~、いまが一番なんです... read more
on Jr.立つ